若い芸人ぐいぐい。

 

一般社会で50歳といえばじゅうぶん中堅だが

落語界周辺ではまだ「若手」と呼ばれる。

笑点の昇太が1959年(昭和34年)生れ59歳前後。

たい平は1964年(昭和39年)生れで54歳前後。

三平は1970年(昭和45年)生れで48歳前後だからねぇ。

みんなおなじ若手扱いですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見習い(1年)=前座(3~5年)=二つ目(10年)=真打

と昇進していくので、実力で稼げるまで15年くらいかかって

芸に脂が乗ってくるのがそのあとだからね。

 

もちろん才能があってさっさと出てくる芸人もいる。

志ん朝は5年、談志は11年で真打になったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落語家743人  講談師74人  浪曲師99人…くらいいるらしいが

落語で食べれる噺家は100人くらいだとか。

(人数は憶測で定かではない)

 

さてさて、気になる若手芸人。

 

最近出会った芸人に、神田松之丞という講談師がいる。

1983年(昭和58年)生れだから35歳前後。まだペエペエ。

日本講談協会、落語芸術協会所属の二つ目。

血管が切れるんじゃないかというくらい力が入った講談で

ぐいぐい引き込んでいく。持ちネタ110くらいあるらしい。

 

落語会に行くと時々ラインナップされていいて

最初は「講談?わからん」とナナメに聞いてたら目から鱗。

引き込まれて一気に気になる存在になった。

若いファンも多いらしい。

なんと最近はTBSの日曜日「サンデージャポン」にも出演。

サンジャポは一之輔もときどき出演している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一人、玉川奈々福という女性浪曲師とも出会った。

年齢不詳だが若い(40歳代?)。

浪曲?…講談以上に関心なかったが、NHKバクモンで知って

その直後の落語会で奈々福と出会った。

まだちょっと浪曲そのものがよくわからない分野だが

注目していきたい芸人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうそう春野恵子1973年(昭和48年)45歳前後…という

浪曲師もいた。

日テレ電波少年で坂本ちゃんを教えてた東大のケイコ先生。

(1990年代だから20年以上前か…)

浪曲師になったのは聞いてるけど、出会ったことはない。

大阪で活躍しているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落語界で気になるのはやはり春風亭一之輔。

1978年(昭和53年)生れだから39歳前後。

落語界に一人だけいる人間国宝、柳家小三治(1939年)を

40歳若返らせたような味わい深い語り口。

NHKドキュメント「仕事の流儀」に出演してから

チケットが取りにくくなった。

いま私のオシは 志の輔<一之輔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一人、三遊亭兼好。

1970年(昭和45年)生れ48歳前後。会津若松出身。

三遊亭円楽一門  好楽の弟子なので、寄席には出られないが

とぼけた喋りくちでぐいぐい引きこむ。

まだブレイクしていないのでチャンス(?)かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

講談そのものがまったくの初心者だが

松之丞に乗っかって少しづつ親しんでいきたい。

浪曲はまだ海とも山ともつかないが

気になる芸として関心を持っていこう。

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若い人が活躍しているのは落語だけじゃないんだなぁ…

徐々に楽しみが広がりつつあるイナゲでした。

新年早々東京散歩。

1月7日(日)。3連休の中日で天気上々。トレッキング仲間の企画で
「御茶ノ水=上野 名所巡り新年会ウォーキング」に行ってきた。

13時、お茶ノ水駅聖橋口集合。
さっそくニコライ聖堂へ向かう。正式には「東京復活大聖堂」。
日本ハリストス正教会教団という宗派…らしい。
ちょうどミサが行われていて、街中に鐘がガンガン響き渡る。びっくり。
通りがかりにさらっと見ることはあっても、じっくりは初めて。

つぎに向かったのは聖橋を渡って右に下りた湯島聖堂。
孔子が祀られている学校教育発祥の地で、文化庁が所有する。
中央線の車窓から目にする「川向こうの静かな森」。入ったことはない。
御茶ノ水駅1分の好立地にひっそり佇む文化施設。穴場(?)だ。

そのすぐ裏手が神田明神。正式には神田神社。
大黒様=縁結び、恵比寿様=商売運、将門様=勝運、で大にぎわい。
新年早々アド街ック天国でも取り上げてたなぁ。
もう落ち着いただろうと行ってみれば、参拝客は引きも切らず大行列。
お参りは諦めて横から境内へ入り写真撮影のみ。

神頼みする人の波から抜け出して裏道へ入ればひっそり妻恋神社が。
妻を恋する神社?…名前がいいねぇ。今さらだけど。
ここはゆっくりお参りできた。

つぎは湯島天神。受験の神様は2月がピークだから
それほど混んでないのでは…とタカをくくっていたら、
鳥居の前から坂の途中までずらーっと行列。
ヒェー!神田明神に負けず劣らずの参拝客。待ち時間45分って感じか。
ここもお参りは諦め、横から境内入ってささっと写真撮影。

いやはや、正月7日でこの混み具合では、元日はどーなってたんだ?

坂を下って明るく元気なラブホ街を通り抜け、不忍池へ向かう。
目指すは最後の目的地、池の真ん中に鎮座する寛永寺弁天堂へ。
寒くもなく暑くもなく、ここならゆっくりお参りできるのでは…と
裏口から入って表に向かえば、むむっ…ここも参拝客の行列。
あきらめて境内にある谷中七福神の大黒天に手を合わせてお茶を濁す。

初詣パワーの凄まじさを実感して本日の名所巡りは終了。
上野公園をかすめてアメ横散歩。正月7日のアメ横も人がいっぱい。
静かなところに落ち着きましょう…と上野駅へ。
上野駅は日々進化を続けていた。パンダ橋って知ってますか?
その付近にある「のもの居酒屋”かよひ路”」で新年会。

いつもは山を歩く仲間と年に一度の街歩き。
ひと汗かいて美味しいビールで乾杯!
天気に恵まれ、賑わう江戸の正月風情を垣間見たイナゲでした。

四国3県を一気に巡る

四国出身の方には申し訳ないが
これまで四国に渡ったことがなかった。
義妹夫婦も、そーいえば行ったことがない…ということで
「一生に一度は四国に行ってみようツアー」を企画した。

さて、四国のどこに行きたい? あれこれ調べてみるも
ここはぜひ!…という名所が見当たらない。
思いつくのは、道後温泉、金刀比羅神社、鳴門の渦潮、
祖谷渓、四万十川、桂浜…くらい?
渦潮は潮の時間が折り合わず、四万十はちょっと遠い。
じゃあ、とりあえずそれ以外を巡ろう!…ということで
10月後半に出かけてみた。

なんと台風22号が沖縄に停滞している日に羽田を出発。
松山空港でレンタカーを借りて小雨降る道後温泉を散策。
なかなか味わいがある温泉で
「温泉に入ってみる?」という準備もしていったのだが
1日に3000人が入浴する!…という情報でパス。
ちなみに周囲にホテルが林立しているのだが
すべて満室だったため、今日の宿は140km離れた琴平に。





これが道後温泉



その周辺

高速松山道を2時間ほど東へ走って18時琴平着。
ことひら温泉琴参閣。四国で一番大きいホテルらしい。
ずっと雨模様。例によって旅館料理をたらふくいただくが
いちばん美味かったのはシメのうどんだった。
香川のうどんは聞いてが、ほんとに旨かった。

翌日は当然金刀比羅神社参拝。
台風で大雨が降るなか、カッパと傘で防備して出陣。
不幸中の幸いだったのは風がなかったこと。
1時間ほどかけて旭社まで上るも大雨に負けてやむなく下山。
昼前にホテルに戻って着替えて高知に向かうことに。



参道は人影もまばら

ここまで上がってきたが、断念


清酒金陵の蔵元が

高速を使わず国道32線を南下して祖谷渓(いやけい)へ。
四国山脈を縦断する国道だがこれがとんでもない山道。
祖谷渓って知ってます? 私は初耳の地名だったが
渓谷美で有名な地域らしい。
紅葉にはやや早かったが、深い渓谷は一見の価値あり。



紅葉真っ盛りには少し早かったか

渓谷に向かって立ちション

ここからぐんぐん下って高知を目指すうちs台風一過の晴天に。
琴平に戻って金刀比羅神社を再アタックしたい気分。
16時頃宿泊先の城西館到着。
高知市の繁華街に近いホテルだが、落ち着いた雰囲気。

最上階のお風呂で街を眺めながらまったり過ごし
夕食のメインはもちろんカツオのたたき。
ここでも食べきれない料理をいただき、しこたま飲んで過ごす。
このころ台風は房総半島沖を通過中。
スマホには館山市役所から「大雨警報!」「避難準備!」など
辛辣なメールが入ってくるが、こっちは四国だからなぁ。

翌日は高知巡り。まずは外せない桂浜へ直行。
でっかい龍馬像やゴミが落ちていない桂浜を散策。松林が美しい。
つぎは高知城へ。江戸時代初期に山内一豊が築城。
あまり注目されていない感じがするが
当時のままの天守閣を持つ12城のうちのひとつ。立派だ。




アメリカは遠いぜよ…桂浜

続いてお約束のはりまや橋へ。
♪〜土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし〜♪
若い人たちは知らないようだが、よさこい節で有名な場所。
繁華街の真ん中にひっそりとあった。う〜ん寂しい。
ちなみにすぐ隣に「銘菓かんざし」のお土産店が。


これはこれで…いい

ランチして高知空港(正しくは高知龍馬空港…だって)へ。
空港のレストランで一杯ひっかけて17時に羽田着。
さらに高速バスで19時半に自宅へ。
コンビニ惣菜をつまみにビールをパッフ〜!
台風襲来の真っ只中に綱渡りで巡った割にはほぼイメージ通りの
行程をこなし、ホッと一息のイナゲでした。

ローカルウォーキング

山を歩くのはトレッキング。
自然を楽しみながら平地を歩くのはハイキング。
じゃあ街中を歩くのは…ウォーキングか?
いや、大人の遠足って言った方が正しいかも。

私が住む館山市の地域コミュニティで
健康増進のために毎年ウォーキングやソフトボール大会を
やっていて、スケジュールが合えば参加している。

なんと参加費無料で弁当付き!
4kmと8kmのコースが選択できて、8kmの参加者は80人ほど。

10月初日、9時に地元中学校の校庭に集合。日本晴れ。
全員で準備体操をして9:30出発。
ほぼ50歳以上。男女比は半々くらいか。
意外と男性が多い。
若い人たちはソフトボール大会へ。

那古海岸に出て海岸の遊歩道を船形港へ。
ふれあい市場で休憩してここで1km。
つぎは崖観音駐車場で休憩、ここでほぼ2km。
4km地点のとみうら枇杷倶楽部まで歩いて昼食。
寿司弁当とお茶が支給された。

知っている顔ぶれは5〜6人しかいないけど
中学時代の同級生が参加してて途中で遭遇。昔話に花が咲く。
歩きに来たのか話しに来たのか…。

午後はバイパス沿いを3kmほど歩いて健人館で休憩。
14:30ころ中学校校庭に帰着。8kmをほぼ全員が完歩。

天気が良くて爽やかな風が吹いて
日常生活ではクルマで通り過ぎるだけの道を
風景を楽しみながらのんびり歩くのもいいものだ…を
久しぶりに実感したイナゲでした。

ご支援に感謝「なんぼーこーじ」

会社のみなさんはもちろんご存知ですが
うちの妻は2000年6月に突然ウィルス性脳炎という病気に罹り
記憶障害という後遺症が残ってしまった。
過去にあったことはすべて記憶に残らないという
とっても残念な症状を抱えて生活している。

私も娘も典型的なB型なので「なんとかなるっしょ」と
17年間にわたって楽天的にやっているのだが…

6年ほど前に「高次脳機能障害」という障害者カテゴリーが
思いのほか整ってきていることを知り、そして
南房総地域にも高次脳機能障害家族会があることを知って
館山に居を移したのを機会に入会した。

当事者8人ほどの小さな家族会で、
月1回の会合と地域イベントへの参加が主な活動なのだが
いろんな支援者が関わっていてなかなか面白い。
今年で創立10年を迎えるのだそうだ。

そもそも高次脳機能障害とは、
交通事故をはじめ、脳血管障害、脳腫瘍、脳炎などを原因とする
後天性の脳機能障害を指す。

記憶・記銘力障害…新しいことを覚えられない、思い出せない
注意・集中力障害…気が散りやすい、集中できない
見当識障害…………どこにいるのか、何曜日かなどがわからなくなる
空間無視……………視界の中に、見えなかったり見落としやすい空間がある
遂行機能障害………計画的に行動できない、複数の作業を同時にこなせない
行動障害……………周囲の状況に適切に振る舞えない、
         話の要点をまとめられない、我慢できない
人格変化……………自発性の低下、衝動的になる、怒りやすくなる、
         自己中心的になる、病的に嫉妬する …などなど

こんな障害を持った方が全国で500万人くらいいるらしい。
フツーの人にもありそうな症状だが、当事者にとってはとても深刻。

そんな家族会を新参者がウロウロしているうちに
「ホームページを作りましょう。イナゲさん、担当してもらえませんか?」
いやいや、実はパソコン…あまり詳しくないんですよ〜(汗汗

とはいえ、できることは進んでやるのが家族会の基本なので
会社のスタッフに聞いてみましょう…という方向でその場は濁し
Web担当のシゲちゃんに相談すると、
「それはいいですね。作りましょう!」と笑顔でこたえてくれて
オオイケクンのテクニックとタナカサンのイラストに協力をいただき
完成したのがコレ!なのです。
家族会は赤貧状態なので営業外ボランティアで…(ありがとう!)

http://www.nanbou-kouzi.com

今年1月1日付でなんとかアップしたものの
歩き出したら止まらずに情報を更新し続けるのがネットの掟。
からっきしデジタルに弱いイナゲにとっては大きなプレッシャー。
ひとまずベーシックな更新を続けているので、時々覗いてみてください。

これを始めてから気がついたこと。高次脳機能障害の当事者(家族)は
パソコンやスマホをやってない方がとても多いんです。

「それどころじゃないよ〜」って感じなのかもしれないなぁ…。

志の輔らくご・今年は…

ん〜と…2年前、2015年2月1日にここに書いたが、
立川志の輔は毎年正月に渋谷パルコで1か月連続公演をやってた。
1日500人、22日かけて約1万人のお客に毎日同じ落語を演る
伝説の「志の輔らくごin PARCO」
これが超プラチナチケットで、5,500円のチケットは
ネットオークションで1万円以上に跳ね上がる。
昨年は高すぎて手が出ず行けなかった…(涙


毎度おなじみの志の輔

ところが渋谷パルコが建て替えで閉館となり
11年間にわたって正月恒例だった志の輔らくごは
休演(終演?)となってしまったのだ。う〜む残念。

がしかし、志の輔はおとなしく引き下がらなかった。

毎年お客さまに渋谷にお越しいただいていたんだから、
今年は自分が全国にお邪魔しよう…と、北海道から沖縄まで
全国12都市で正月公演をやることにしたのだった。
題して「志の輔らくごin NIPPON」。…でかい。

なんとしてもチケット争奪戦に参入せねば…と意気込んだが
東京での開催はなく、最寄りの公演は横浜・関内ホール。
戸惑いながらも競争を勝ち抜き、正規チケットをゲ〜〜ット!!

嵐・X-JAPAN・吉田拓郎・立川志の輔…
ネットオークションでの高値売買が社会問題化しているためか
志の輔はチケットの発券開始を公演日の2週間前に設定した。
いろいろ考えるものだ。

そんな紆余曲折があって、ネットではなんと!原価を下回るものも。
定価5000円のチケットが2枚で7,050円!…とか
買手がつかず流れるチケットも続出。
オークションでひと儲けを目論んだ連中は大打撃だったようだ。

それにしても平日に関内かぁ…である。
神田から京浜東北線で45分…なのである。
渋谷でやれば2倍以上だが、横浜なら原価割れ。複雑。


関内ホールエントランス

そんな経緯を乗り越え、万難を排し、行ってきました!

関内…初めて降りる駅かも。完全にアウェイだ…。
駅からほぼ5分で関内ホール。ほぼ1000人収容の古いホール。
ロビーではお約束の志の輔グッズ販売中。


ファンはあれこれ買っていく…

18:30開演。照明を落として寄せ太鼓をたっぷり聞かせる。


開演前でも撮影は気がひける

志の輔、正月ならではの紋付袴で登場。一席目は「質屋暦」。
今年閏秒だったの知ってますか?
元日の7:59:59秒の次に60秒が入って8:00:01秒に…というまくらから
明治5年に太陰暦から太陽歴に切り替わった際の混乱を題材にした噺。

ちょっと説明すると、太陰暦は月の満ち欠け2回で1か月。
これが29日くらい。3年経つとちょうど1か月分くらいヅレてくるので、
閏月を1か月分足して調整してた。
明治5年に政府は、日本も西洋にならって太陽歴にしよう!となった。
その日にちのズレから、質屋で巻き起こる爆笑新作落語。約30分。

つぎも志の輔だが着替えの間、松永鉄九郎が登場し三味線・長唄。


右の人が松永鉄九郎

オレンジの着物に着替えて二席目は「モモリン」。
震災後の熊本公演でクマモンと会って感動したネタをまくらに
ゆるキャラブームを題材にした噺へ。

モモリンはある市のゆるキャラ。
モモリンフラッシュ!(バク転)が大受けして
ゆるキャラコンテストのランキング急上昇中。
コンテスト当日、控室で時間調整中の市長が
何気なくモモリンの着ぐるみを被ったら外れなくなってしまい
そのままステージに出る羽目になって大混乱…。

20時、15分間の中入り。

後半は鏡味初音の太神楽から。
初めてお目にかかるバランス芸の女性芸人。
飄々としてていい感じ。


太神楽の鏡味初音

三席目は濃紺の着物で「紺屋高尾」。
神田の紺屋(染物屋)で働く久蔵が吉原の花魁高尾に一目惚れし
3年間懸命に働いて給金を貯め、15両にぎりしめて会いに行く。
雲の上の花魁に会えて話すうち、自分は染物職人であることを明かす。
高尾は久蔵の誠実さに心を打たれ、その場で30両のお金を渡し
来年年期が明けるので結婚しようと約束する、夢のような幸せ者の噺。

みなさまにとっても今年が良い年でありますように…というオチで
最後に三本締めでお開き。


クリアファイルが公演のおみやげ

あっという間の3時間10分。
22:50までに東京駅に着かなければバスで帰れない。
アルコール抜きで急いで駅に向かい、21:50に関内を出発。
23:00発の高速バス最終便で1時に家に到着。ふ〜。
平日の横浜での落語会はやっぱりちょっと無理があるなぁ…。
田舎暮らしのハンディを痛感したイナゲでした。